よりみち日誌

記録しなければ忘れてしまう寄り道にこそ、感動の物語があるのではないでしょうか。

Yorimichi #20:六本木山椒大夫高瀬舟

どこかから、チャリーン、と、小銭が落ちる音が聞こえてきた。


あの音は、十円だろうか、百円だろうか。

1円や5円ではなさそうだ。だが、500円ほど重厚な音色でもない。


長袖の人が増えてきた東京の昼下がり。


夏が終わろうとしている。


今年の暑さに、頭の天辺から五臓六腑、血肉心神に至る全てをやられてしまった私は、自己回復のために小説を読み漁る事にした。


まずは森鷗外【山椒大夫 高瀬舟】。

昔読んだはずだが、すっかり内容を忘れている。

六本木のカフェで全てを読み終えた。


本を閉じた瞬間、六本木の雑踏が私を取り囲む。

それまでは無機質に見えていた周囲の人々が、思慮深く、奥ゆかしい人間に見えてくるのは何故だろう。


日常の合間、寄り道感覚で短編小説を捲るのもいいかもしれない。

これで少しずつ、猛暑の中で蓄積した疲労を溶かしていこう…。


早速古本屋で、森鷗外【阿部一族 舞姫 】を購入した。

一冊100円(税別)。


100円(税別)でできるリフレッシュ。


100円(税別)も、大切にしなきゃいけませんね^ ^


Yorimichi with「山椒大夫 高瀬舟」森鷗外


Yorimichi #19:流山と浜松町の思い込み

「いらっしゃいやせー!!」


市川に住んでいた時に大好きだったお店を流山市で見つけ、吸い寄せられるように入店。

扉を開けると威勢の良い声が迎えてくれた。


声の主は、調理場の中で重そうな中華鍋を豪快に振るっている。


「何名様っスか!?…こちらへどうぞっ!」と、こちらも威勢良く案内してくれた色黒の若い店員を含め、店には合計3名のスタッフがいた。


「店長!!」私を案内してくれた色黒店員が、緊張した面持ちのもうひとりを連れて調理場へ入る。


店は私しかいないので、声が丸聞こえだ。


「この人、今日から入った新入りさんっス!」

「…面接したから知ってるよ!!」


新人は深く頭をさげた。

「よろしくお願いします!!!」


元気な店だ。気持ちがいい。


好物のスーラータンメンの大盛を注文する。

「スーラータンメン大盛っスねー!!」

色黒は私の注文を確認すると、そのまま厨房に入った。どうやら私のスーラータンメンは、色黒さんが作ってくれるようである。

あー、お腹すいた…。


「いらっしゃいやせーー!!」

再び店長の声が店内に響く。

客が入ってきた。小さい子を連れた家族だ。新入りが慣れない手つきで、冷たいジャスミン茶を用意する。


すると突然、調理場から叫び声が聞こえてきた。

「やべーー!!」と色黒の声。

「どうした!?」と店長の声。


「スーラータンメン大盛にすんの忘れたー!!」


…私の注文分だ…。


「なにやってんだよ!?」

「すんません…!!」

「…そんじゃあそれは、2番テーブルに持ってけ!」

「…あ!!…なるほどっスね!!」


全部聞こえているよ…。私の注文したスーラータンメン大盛は、スーラータンメン普通盛を注文した、後からきた家族連れのもとへ行くのだね…。


私が大盛を注文するような、アクティブな人間ではないと思い込んでいたのかな?


思い込み。


浜松町の安くて美味しい蕎麦の名店『蕎麦冷麦 嵯峨谷』の【あじご飯】を、味付けご飯と思い込んでいた私。

注文して出てきた【あじご飯】が、鯵(あじ)ご飯だった時に、思い込みの恐ろしさを感じた私。




あなたも、そんな思い込みをしていたのかな?


そんな思い込みをしていたかもしれない、色黒の可愛いハワイアンな女の子の店員は、しばらくしてから「たいへんお待たせしましたー!スーラータンメンの大盛っス!」と私の注文分を持ってきてくれた。

健康的に焼けた長い脚が、白いエプロンからすらりと伸びている。


黒縁眼鏡をかけた、とっても綺麗で華奢な女店長さんは、ジャスミン茶の注ぎ足しをしてくれながら「今日も暑いですね」と声をかけてくれた。色白の肌に、黒縁が映えている。


中肉中背、年配男性の新入りさんは、慣れない手つきながら、愛想良くお会計をしてくれた。


Yorimichi with 「カム・ゲット・イット・ベイ」Pharrell Williams

【番外】花火を一緒に見たい人

この人は今、こんな事を考えているんだろうなぁ〜、と想像する時がある。


本当にその人が、そんな事を考えているかどうかなんて、分からない。


しかし…。


先日、花火大会が開かれた日。

私は、ある人が、確実に…、間違いなく…、こんな事を考えているんだなぁ…、と分かってしまったのである。


花火に気遣うおぼろ月が照らす、我が家のベランダで。



子供の時から、私の理想の夫婦は祖父母夫婦だった。


祖父は、毎晩寝入る間際に、

「今日も1日ありがとう。ご苦労様。」

と祖母に言って眠りについていた。

これは、1日たりとも欠かす事は無かったそうだ。


おっちょこちょいな祖母を、目を細めて見ながら、祖父は楽しそうに茶化し、笑い合っていた。


こんな夫婦になりたい、と、幼心にも思っていた。


祖父は自衛隊員。真面目な性格で、日本酒と演歌が大好きだった。

祖母は、明るい性格で、二人の娘、つまり、私の母と叔母を育て上げた。



7年前。

そんな祖父は、私の母親に、

「お母さんを頼む」

と最期に言い遺して旅立った。


祖父の亡骸に頬を寄せ、涙をポロポロこぼしながら、

「お父さんと一緒にいて、辛い思いをした事なんて1日もなかったよ。毎日、毎日、幸せだったよ。」

と、何度も、何度も、人目も憚らずに祖父に語りかける祖母の姿。


静かに眠る祖父。


日々の感謝と労いを、毎夜伝え続けた祖父が、今までありがとう、と言っているように見えた。



近所の花火大会を我が家のベランダで見るのは、ここ最近の恒例行事。

今年は、両親が祖母を連れてやってきた。


ベランダに椅子を出し、茄子の漬け物を食べながら花火を見る。

小さい声で「綺麗だねぇ…」と呟く姿は、少し寂しそうだった。

遠くに上がる花火を、じいっと見つめている。


あの時…、


(おじいちゃんにも見せたかったなぁ)


…って考えてたんでしょ?


おばあちゃん。



Hanabi with grandfather